「神の左手 悪魔の右手」(2006)
熱情鑑賞日記
DVDで映画「神の左手 悪魔の右手」を観た。
「グワシの左手 ギョエーの右手」は、ま、いい。ウチ、プリンタ壊れてるし。
楳図かずおの漫画はこわい。それにこの映画、
怖かった...田口トモロヲ...
DVDで映画「神の左手 悪魔の右手」を観た。
「グワシの左手 ギョエーの右手」は、ま、いい。ウチ、プリンタ壊れてるし。
楳図かずおの漫画はこわい。それにこの映画、
怖かった...田口トモロヲ...
DVDで映画「地下鉄(メトロ)に乗って」を観た。
名作と名高い原作「地下鉄(メトロ)に乗って」 の映画化。わたくしは原作を読んでない。昨年必見チェックしておいたものの、優先順位の問題で結局観にいかなかった映画のひとつだ。気づいたらもうDVDになっていた。あれからもう半年以上経ったのか。一年ってあっという間だ。この調子でいくと、一生なんてあっという間かもね。それなのに、ああ、もう、ムダに生きている感が...とか。
DVDで映画「寝ずの番」と、向田邦子x久世光彦スペシャルドラマ傑作選(昭和57年~昭和62年)より「春が来た」を観た。
これは、中島らもの原作「寝ずの番 」三部作を映画化したもの。俳優の津川雅彦がマキノ雅彦名義で初監督して話題になった。
冒頭は、とある住宅街の一隅である。正面にはこじんまりとした中流階級の住まい。見ようによっては、まるでどこかで見たことのある、城塞を描いた中世の絵画のように、画面はこの家を写して動かない。周辺には路上駐車の車。通行人はほとんどない。ようやく玄関から住人が出てくる。おそらくこの家のマダーム。次いで、自転車に乗った若者が画面を横ぎり路上駐車の車を器用によけて石畳を走りぬける。なかなか美しい街角だ。
ミヒャエル・ハネケ監督の「隠された記憶」は、このようにして始まった。
「黒い眼のオペラ」公開中のツァイ・ミンリャン監督作品。
DVDで観た。映画館で観ればよかった。イベントにも行けばよかった。
よい映画だった。どんなふうにって、うまく言えないけれども。どういうふうに書こうかと一週間も悩んでしまった。でも結局書けないままにしておく。今後わたくしはツァイ・ミンリャン監督にはまってしまうかもしれない。それほどよかった。余談だが、猫もよい具合に出演していた。
それにしても、うう...またプレノンアッシュ配給か...
ドキュメンタリー「ヨコハマメリー」を映画館で観たときには書かなかったのだが、今回DVDを観たのでとりあえず書いておくことにした。
メリーさんには何回か出会った。長年住居を定めず街角に立っていたそうだが不思議と街角で見かけることはなく、駅の周辺とか切符を買っている姿にばかり遭遇した。
同じ地域にいながら、たぶん、行動の時間帯や年代が微妙にすれ違っていたのかもしれない。たとえば、このドキュメンタリーには今はなき森永ラブに出入りしているメリーさんが映っていたが、わたくしがあの店にわりとひんぱんに立ち寄っていたのは30年近く前だから、その頃まだメリーさんは来ていなかったかもしれない。有燐ファボリがお気に入りだったので、あの細いエスカレーターの下のアート宝飾の前を何度も通りかかったはずだが、メリーさんをベンチに見かけたことはない。
ジェーン・バーキンといえば、わたくしの世代には懐かしいスターだ。いや、スターというよりも、当時は生き方を含めたファッションリーダー的な扱いだったような気がする。雑誌に載ったゲンズブールとの対談を覚えている。内容は忘れたが、記事に添えられた写真は、ゲンズブールが激写した白Tシャツとジーンズ、ノーメイクのジェーン・バーキンの写真だった。
この記事はお引越ししました。
新しい住所はこちらです。
http://wing55.littlestar.jp/irisox_diary/2007/07/post.html
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パニック映画は怖いのであまり観ないのだが、1972『ポセイドン・アドベンチャー』は好きな映画だった。『タイタニック』の大ヒットがいまいちしっくり来なかったわたくしは、『ポセイドン・アドベンチャー』には感動したのに、『タイタニック』では何故感動できなかったかを考えたことがある。ま、これは余談だが。
『ポセイドン・アドベンチャー』は、その昔、学校の行事で観た。どんな名称の行事だったか覚えていないが、たぶん芸術鑑賞みたいな感じで映画館を借り切って行われ 、『ベン・ハー』とか『十戒』などもこの行事で観たように思う。誰が選んだプログラムだったのか、今さらながら気になる。歴史スペクタクルとヒューマンなパニックもの。子供をおとなしく映画館のシートに貼り付けておくためには賢明な選択だったかもしれない。
その後、大シケのフェリーの船底で地獄のような一夜を経験したとき、船酔いによる吐き気に苦しみながら考えていたのは、『蟹工船』の惨めな過酷さと『ポセイドン・アドベンチャー』のあの老婦人の犠牲的死についてであった。
で、DVDになったのでリメイク作の『ポセイドン』を観た。『ポセイドン・アドベンチャー』とまったく別物だった。船がデカい。牧師も老夫婦も娼婦と結婚した刑事も出て来ず、脱出のリーダーとなったのは正体の知れない元潜水艦乗りと自称するジゴロっぽいハンサムな青年だった。犠牲的死を担うのは、元水泳選手と自称した老婦人ではなく、元消防士と自称する元NY市長だった。久しぶりのリチャード・ドレイファスの人物像も結構面白かった。どうやらこの映画はヒントを与えるから自分の想像力に応じて各々考えるようにと、人間ドラマについて深く言及することを丸投げして観客に托しているようだ。
という事で、『ポセイドン・アドベンチャー』には及ばないが、少なくとも『タイタニック』よりは数段楽しめる映画だった。
木枯らしが吹いて寒かった今日、DVDで観た映画は“North Country”(邦題 スタンドアップ)。ボブ・ディランの“Girl from the North Country” (邦題 北国の少女)からタイトルがつけられたという実話物。ヒロインの父親のスピーチに凝縮されたメッセージが象徴するように、この映画を堪能するために ボブ・ディランの“Girl from the North Country”は重要なポイントだ。
暴力夫から逃れ子供たちと実家に戻ったヒロインは、自立するため炭鉱で働き始めるが、という映画。 集団訴訟というのも見所。
女性として母として娘として、炭鉱労働者として町の住人として、さまざまな意味合いの尊厳を勝ち取るまでの紆余曲折を描いていて、なかなか骨太。「まず立ち上がること」というのが、主題らしい。終盤の法廷シーンで立ち上がる人たちの中に、この裁判で実際に立ち上がった女性が含まれているそうだ。どの人たちかなー。。実在の人物への心配りが必要な実話物の常として、わずかに腑に落ちない展開が見られるものの、それはそれ。感動した。
「群れの中は安全だ。孤立すると餌食になる。」というセリフがあった。ありふれた言葉だがなかなか意味深い。サントラがとても気になるにゃ。 Bette Davis Eyes( Kim Carnes)も懐かしいし。
週末は寒かった。日曜に今シーズン初めて暖房を入れた。適度に温まった部屋で「RENT」のDVDを観た。 この季節にお部屋で楽しむには持って来いのDVDだった。温まるし、すごいんだ、歌唱力とか運動能力が。日本語で書くともっさりしているが、合唱とか群舞って素敵だ。
ちょうど現在ブロードウェイミュージカル「RENT/レント」再来日公演中。来日キャストはこれまた美形揃いだ。お写真を拝見するかぎりでは、美しさでは映画キャスト以上だと思われ。今夜もさぞかし熱いステージが繰り広げられたことだろう。劇場にはまた元気な若い嬢ちゃんたちが大勢詰めかけているに違いない。
プッチーニ 歌劇《ラ・ボエーム》 を下敷きにしている。ただ、現代はドラッグやらエイズやら同性愛やら、貧しさ以外にもいろいろな問題が加わるので、若者にはオペラよりも華やかで大幅にとっつきやすいと思われ。好きなシーンは、一番最初の、観客のいない劇場のステージで主要キャストが並んで歌う場面かな。このシーンだけでもいいかな?と思うくらい感動する。
“ラ・ボエーム”といえば、カウリスマキ監督の“ラヴィ・ド・ボエーム”も同素材みたいだったな。「オペラは死んだ芸術だ」というセリフを覚えているんだが。地味だしキャストが美形ではなかったがとてもいい映画だった。というのは余談。
DVDが出たので、こってりとこってりと、こってりと鑑賞。
下町の小さなレンズ工場。工場長は天体観測のための大きなレンズを何ヶ月も前から磨き続けている。レンズが完成すれば億単位の入金が見込まれているものの、しかし工場の経営は破綻寸前。連日整理屋やその手先の解体屋が押しかけている。といった設定。これ以上はアレなんで書かない。
のっけから工場長役の唐十郎が尻をレンズにきゅるきゅる押し付けたりするし、整理屋だか解体屋だかの六平直政が見えない犬を散歩させたりするものだから、こちとらかなり困惑。が、そんな独特の目くらましに耐え、笑わしていただいた果てに見えてくるのは意外にも結構ハートフルな人の温もりだった。エンドクレジットには「孤独の肖像1st.」。
職人の技術と情熱に磨かれた巨大レンズは、もはやただのレンズではなく、傷つけられれば血潮に染まる。だが、職人が存在するかぎり傷は癒され、さらに磨き上げられることで宇宙のかなたのどんなに小さな星屑をも写すことになるのだ。
クライマックスは複数ありそうだが、わたくしとしては、ダムに沈んだ小学校のオルガンで奏でられる祈りの旋律。煙突のない煙突穴から地上へと広がる波紋。生命力にあふれ、美しいと思った。
やっとDVDで観た。いまさら感満々。
文四郎はじめ登場人物が原作ともNHK版ドラマとも違った味わいの人物像になっていた。特に泥臭い骨太さがまったくない点で適役とは言いがたい文四郎役の染五郎の立ち居振る舞いが美しくキマっていて、さすがである。
わたくしは、ドラマ版のヤマ場は平幹二郎と内野聖陽が火花を散らす「人が死ぬる時の気持ちとは」のシーンだと思っているのだが、映画版では主席家老がワナをしかける茶室のシーンだった。老獪な加藤武の脅しを「心の眼」で見抜くシーンだ。きわめて映画的な手法で、五感的に、隠された卑劣なワナを描写しているっぽくてよかった。このシーンや「秘剣村雨」などに能が用いられているのもこの映画の特色だろう。
難をいえば、人のぬくもりや感情の熱などが足りなかったかな?ワザと抑えているのかな?原作を読んだときの胸が熱くなるような感動が風景以外で得られなかったのが残念じゃった。芝居臭さやコテコテ大好きのわたくしとしては、父親役の緒形拳や大滝秀治が溜めに溜めた情感あふれる演技を見せてくれてうれしかったが、多彩で個性的な脇役陣が充分に生かされていない気がするのも、もったいないコトじゃ。
それにしても、黒土三男監督って、テレンス・マリックっぽい。時間のかけ方や映像重視の姿勢っていう意味でそう感じただけだけども。とほほ。 これは余談。
アメリカ建国神話を、前作「天国の日々」の映像美もそのままにテレンス・マリックが描く。わたくしはちょっとアレなので、ポカホンタスとジョン・スミスの運命の恋を中心にしたストーリーはわりかしどうでもよくって、全編を通して描かれるきらめくようなアメリカ大陸の原風景が感動的だった。木漏れ日、木々のゆらぎ、波打つ草原、燃える夕陽。焼き討ちの炎さえも美しく、その悲しさが胸を打つ。人間って。。
公開時にも観たのだが映画館でドロドロに泣いてしまい(恥;)、細かいところをあまりよく覚えていなかったので先日DVDでも観た。でも今回もやはりダメで(恥;)、何も書くことがにゃい。。そういえば、ここまでボロボロに泣いたのは『マイ・プライベート・アイダホ』『ブエノスアイレス』『藍宇』といったいわゆるゲイ映画。内容は悲恋である。オンナにとって男同士の恋愛物語は異文化なのでまだまだ比較的目新しく、異性間の恋愛よりも当事者の内外含めた障害が多い分だけせつない。
ヒトを愛することを恐れてはいけないのだ。たとえ相手が男でも女でも。
とりあえず、これが私の感想ということにしておこう。
「ヤングハンニバル」が気になってしょうがない今日このごろ。だからと言ってはアレだが、ピ-ター・ウェバー 監督の「真珠の耳飾りの少女」を観た。
この少女役はケイト・ハドソンx→キルスティン・ダンストx→スカーレット・ヨハンソンに決定したんだって。正解だったと。フェルメール役のコリン・ファースは男前。 しかしアレだ。あのピアスのシーンはなんかこう、こってりと濃密な瞬間で、恥かしながらちょっとどきどきした。ちょっとな。。この映画は小説 の映画化でありフィクションなんだが、観た後に改めてあの「青いターバンの少女」の絵を見ると、少女特有の純潔さでもって画家を誘惑しているように見えなくもない。静かな美しさの中に罪のかほり漂う妙に生々しい映画だった。
この映画は、公開時に巷のうわさ―主に酷評―に二の足を踏んでいる間に見そびれていた。この度めでたくソクーロフ「太陽」(サイト内関連記事)を観るにあたって予習の一環としてレンタル予約したのに、残念ながらこちらの方が後になってしまった。篠田正浩監督が「スパイ・ゾルゲ」オフィシャルサイトに、フィクションより事実の方が面白い
と書いておられるとおり、詰め込みすぎでもなんでも歴史上の流れを描くことに徹しているので、エンターテイメントとしてのお楽しみを過剰に期待しさえしなければ 面白い。
魯迅の引用から始まり、イマジンで終わる。テーマは「夢と理想」。篠田正浩監督作品の音楽を数多く担当し、1930年生まれで満州育ちの武満徹へのdedicateがもうひとつのドラマを想像させ、泣かせるぞと。
日本人が忘れ去ろうとしている「昭和」
日本人が失いつつある「時代感覚」
日本と日本人が取り戻すべき「アイデンティティ」
その、まるごとを描いてみたかった。
という監督の意志は、しっかり伝わってきたと思うが、ゾルゲの人間的魅力や吸引力は少々描き足りなかったような気も。
「太陽」のクライマックスはマッカーサーとの会談の部分だと思う。
昨年夏、昭和史のドキュメンタリーが私のブームだった。レンタルできるDVDはおそらくほとんど観たと思うのだが、物忘れ激しく、どのDVDで何を観たか、全部ごっちゃになってしまって詳しく書くことができないのが残念だ。日本側が撮影した当時のニュース映画用の映像もあったが、アメリカ側が撮影した映像がたくさん残っているようで、この場面の実写も観た。ただし、それが第一回目の会談か、二回目だったかははっきり覚えていない。「太陽」では会談に使用した部屋が忠実に再現されていたので、監督もあの映像を見たのだろう。その時に印象的だったのは、昭和天皇の飄々とした表情と対照的な、マッカーサーの困惑顔だった。気のせいかと思っていたが、「太陽」でもそういう感じだった。
美しい静溢な質感の映画だった。キャストもそれぞれとてもうまかった。で、映画とはいえ実在の人物を描いているので、なんの知識もない子供や外国人が観た場合、どういう感想を持つのかちょっと興味がある。
日本公開版は、完全版なのだろうかという期待まじりの疑問がふつふつ。
***
以下は私的メモ
第一回の会見は1945年9月27日。
この会談での天皇の発言は、以前読んだ菅原裕著
「東京裁判の正体 」第8章「天皇問題」5節「マ元帥との最初の御会見」に次のように書かれていた。
「東京裁判の正体」菅原裕著(p.212)陛下は静かに「自分は今回の戦争に関して重大なる責任を感じている。したがって戦犯として極刑に処せられるることも覚悟している。また自分が天皇の地位にあることが占領統治の妨げになるなら、いつでも退位してよろしい。さらに皇室財産は挙げて司令部の処置にお任せする。要するに自分の一身や皇位はどうなってもよいから、どうか国民をこの上苦しめないでもらいたい・・・ 」という意味のことを申し述べられたということである。
「太陽」の冒頭のシーンは推測すると沖縄作戦の終焉した1945年6月22日だと思われるが、この日の「最高戦争指導会議」の意義については、以前読んだ角田房子著の評伝
「一死、大罪を謝す―陸軍大臣阿南惟幾 」
の「天皇の意志」の章で次のように記されていた。
「一死、大罪を謝す―陸軍大臣阿南惟幾」角田房子著(p.305)この日、天皇が意志を明確に表明したことは、日本が和平への道に決定的一歩を踏み出したことを意味している。それまで暗中模索的であった政府の態度はここに決定し、六人の指導者は、それぞれの立場からその後の言動に微妙な違いを予測させながらも、ひとつの方向へ足なみを揃えることになった。天皇の意図は、この日出席した六人の間だけの極秘事項として、下部はもとより一般の閣僚にも知らせなかった。
「天皇の意志」とはもちろん「戦争のすみやかなる終結」である。
「一死、大罪を謝す―陸軍大臣阿南惟幾」角田房子著(p.305)天皇は、「これは命令ではなく、あくまで懇談であるが」と前置きして、「去る六月八日の会議で戦争指導の大綱は決まったが、他面、戦争の終結についても、このさい、従来の観念にとらわれることなく、すみやかに具体的な研究をとげ、これの実現に努力するよう希望する」と述べ、これに対する意見を各人にたずねた。
なお、同著によればこの会議の構成員は以下の六人。
「東京裁判の正体」菅原裕著(p.205)・・・日本における天皇の地位がたんなる権力者の関係を超越した、民族的伝統的信頼関係であって、日本を占領統治するには、天皇の勢力を利用するのが、最も賢明であると考えたことと、さらに天皇制そのものが、決して侵略的ではなくして、日本の民主化にも不可欠の要素であることを認識した結果、政治的に解決されたのであって、これまた、天皇制の護持は、国体の本質と、国民の忠誠心とによって、もたらされたものであるといい得るのである。かくてマ元帥は天皇をただに「戦犯」としてばかりでなく「証人」、「参考人」等、いやしくも天皇の退位を促すようなことに関しては、いっさい処置しないように細心の注意を払ったのである。 ―中略― 天皇の存在は二十個師団の兵力に相当するというのが、アメリカ軍部の結論であった。 そうして極東委員会も、GHQも、対日理事会も、検事団も日本政府や重臣までもが、これに従って動かざるを得なかったのである。
メモ終わり
昨夜観たのは『エリザベスタウン』。監督はキャメロン・クロウ。
エリザベスタウン(2005/米)
キャメロン・クロウ
オーランド・ブルーム /キルスティン・ダンスト ![]()
内容をひとことで言えば、鮭の遡上。
鮭は血まみれになって、流れに逆らい何百マイルも川をのぼる。その原動力は、もちろんセックス。だが、それは命だ。
人生中途で死んだパパとドン底の僕
の旅。ここでエルトン・ジョンの『父の銃』が。泣く。映画はいまいち落ち着かない感じだったが、サントラがとてもよさげ。
パラマウント映画提供「エリザベスタウン」オリジナル・サウンドトラック
サントラ ナンシー・ウィルソン トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ 
曲名リスト
1. 60B <エリザベスタウンのテーマ> / ナンシー・ウィルソン
2. イットゥル・オール・ワーク・アウト / トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ
3. 父の銃 / エルトン・ジョン
4. io (ジズ・タイム・アラウンド) / ヘレン・ステラ
5. カム・ピック・ミー・アップ / ライアン・アダムス
6. ホエア・トゥ・ビギン / マイ・モーニング・ジャケット
7. ロング・ライド・ホーム / パティ・グリフィン
8. シュガー・ブルー/ ジェフ・フィンリン
9. ドント・アイ・ホールド・ユー / ウィート
10. シャット・アス・ダウン / リンジー・バッキンガム
11. レット・イット・アウト(レット・イット・オール・ハング・アウト) / ザ・オンブレス
12. ハード・タイムズ / イーストマウンテンサウス
13. ジーザス・ワズ・ア・クロスメーカー / ザ・ホリーズ
14. スクエア・ワン / トム・ペティ
15. セイム・イン・エニー・ランゲイジ / I Nine
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昨夜『ミリオンダラー・ベイビー』を観た。2005/米
いまさら感は否めないけれども、さすがに面白かった。ヒラリー・スワンクったら『ボーイズ・ドント・クライ』級の幸薄さ。今回もボコボコ。ボクサーだから当然だけど、あまりにもお気の毒なその後の展開に涙も出なかった。かわいそうすぎてあまり後味がよくない。相寄る孤独な魂たちの愛ある罪を、一体誰が裁けるというのだろうか。イーストウッドはこの物語をシンプルなラブストーリー
と語っていたそうだが。
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余談だが、何故今『ミリオンダラー・ベイビー』かというと、7月の紀伊国屋ホール『風間杜夫ア-カイブスvol.1 黄昏にカウントコール』の作・演出の長谷川康夫が今度のお芝居は、あんなにカッコよくないけど『ミリオンダラー・ベイビー』みたいな感じ
とここで語っていたからなのらもーん。
ただそれだけのことで、昨夜『ミリオンダラー・ベイビー』を観た。
父と娘のかくれんぼ。雪は積もっていないとはいえこれではまるで『シャイニング』。
ロバート・デ・ニーロとダコタ・ファニング 主演なので、観る前から展開は数パターン想定できた。なにせ、どこかでとんでもなく壊れるはずの父親と、賢く繊細で打ちひしがれるはずの娘という組み合わせだ。ところが初盤の妻の死に関するエピソードで、極私的な感情移入をしてしまったために予想がはずれた。こういう映画の場合、予想がはずれればはずれるほど楽しみが増えてうれしいものであるが、ハズレはこの一箇所だけだったのが無念じゃ。
妻の死によって傷ついた父娘が、思い出が多すぎるニューヨークから郊外に引越しをする。行けども行けども冬枯れの森の道を、父親が運転する車は走る。街中から一時間くらいの郊外のはずだが一体どんだけ寂しいところまで行くんだろうかと。雪は積もっていないとはいえこれではまるで『シャイニング』みたいじゃん、と気づいたところですべて読めてしまった。車中にはいたいけな猫。この猫の行く末はいわずもがな。。というワケで、かえすがえすも無念じゃ。別バージョンのエンディング収録。
hReview by iris* , 2006/05/17
