« 育つアボカドと今日の猫 | Main | 台風とお気に入りの表紙と今日の猫 »

2007.09.05

お気に入りの表紙と今日の猫

「太宰治の正直ノオト」の表紙が好き。

今朝目覚めると、枕元に姫さまのおゲボがあった。

ちょっとショック。

お気に入りの表紙と今日の猫
姫さま近影

姫さま、わたくしの枕元でおゲボするのはやめてね。

さて、

今日は台風の影響でアレなので、本の話でお茶を濁しとく。

それにしても今日は、雨が降ったりやんだり、突風が吹くやら蒸し暑いやらで、まったくイヤな天候だ。今回の台風は大きいのだろうか。心配。

本の話といえば、わたくしは惰性で始終何かしら読んではいるけれど、たぶん読書はあまり好きじゃないと思う。趣味は読書ときっぱりと言えるヒトが心底うらやましい。その中には活字中毒と豪語するヒトも少なくないが、どんだけ本を読めば、どんだけ活字に恋焦がれれば天下晴れて自ら活字中毒と公言できるようになるのだろうと思うと、あまりに果てしなさそうでめまいのあげく気が遠くなる。

強いて言えば、わたくしはどちらかというと、本が、というか、本の装丁が好きなのかもしれない。好みの表紙カバーとかを見つけると、姫さまと目が合った瞬間とちょうど同じくらいに、ドキきゅん。うそです。

最近、主に文庫本の装丁は、出版社それぞれに工夫をこらしたシリーズがあるみたいだけれど、若手女優のポートレイト風のカバーにはあまりソソられないし、コミックっぽいのはカンベンしてほしい。先日Amazonで人間失格 (集英社文庫)を見かけたときは、『人間失格』もとうとう漫画化されたのかと早合点して驚いた。 太宰治もあの世でさぞかしビックリしていることだろう。 ちょっとアレであまりなじめない。カバーを青少年向きにすることで、若年層の活字離れが少しは何とかなるのか知らん。

で、同じ太宰治でも、以前古本市でひと目ぼれした『太宰治の正直ノオト』の装丁が目下のところお気に入り。 これは青龍社の名著発掘シリーズらしいのだが、シリーズ通してこのデザインなのだろうかとちょっと検索してみたのだが、いまだ謎は解けず。調査はつづく。

それにしても、せっかく名著を発掘してこうして出版しても10年後にはすでに絶版なのか...

お気に入りの表紙と今日の猫

ちなみに、このシンプルで美しい装丁は戸田ツトム氏。

『太宰治の正直ノオト』の内容としては、ま、日記やいくつかの随筆。さすが有名作家になるだけあって、グチグチクネクネとした恨み日記をしたためていても、ちょっとした小ネタ風のメモ調でも、かなり面白い。例えば、このような↓一文とかはとてもわかりやすくて笑った。

生きて行く力
いやになってしまった活動写真を、おしまいまで見ている勇気。

『太宰治の正直ノオト』に収録されている文章だけであれば、いくつかの随筆を青空文庫で読めるんだけれど、その他に、本人の写真や少年期に主催した同人誌の表紙とか原稿の写真などが添えられているのが特徴。

人気作家ともなると、本人の死後に、個人的な手紙や高校時代のノートの落書きなど、なんでも掲載されちゃうのが昔からの通例らしい。恥ずかしいし第一気の毒だと思う。その恥ずかしさ野暮さについては、太宰治は生前すでに予感していたらしく随筆『書簡集』にクネクネと書いている。

どういうことかというと、例えばこの『正直ノオト』の内容のように、手紙の破片、少年時の文章、いたずら書き、あるいは「発表されると予期しているような、また予期していないような、あやふやな書簡及び日記」などを作家の死後に出版される作品集に添えるのは、読者としては「蛙を掴まされたようで、気持ちがよくない」そうなのである。

皮肉にも面白い。

わたくしは太宰治があまり好きではないのだが、『太宰治の正直ノオト』の最後の随筆『徒党について』には、概ね同感。そうしてみると、時代は違っても人間の本性はかわらないみたいだ。とか思った。

太宰治の正直ノオト (名著発掘シリーズ)

以上。

|

« 育つアボカドと今日の猫 | Main | 台風とお気に入りの表紙と今日の猫 »

[2]猫とわたくし」カテゴリの記事

Comments

自分も以前オゲボを踏んじゃった事あります。
猫も年とるとオゲボがおおくなって。。。

太宰治は感性が繊細な分、面白い言葉を残すのでしょうね。
ただそれに巻き込まれていった人たちは悲惨ですが。。。

Posted by: どら猫 | 2007.09.06 at 22:30

The comments to this entry are closed.

« 育つアボカドと今日の猫 | Main | 台風とお気に入りの表紙と今日の猫 »