『猫のいる日々』
わたくしだけの100人目
二冊の文庫本を同時進行で読んでいる。ちょっと時間が空くと ―たとえばお風呂のお湯を溜めている15分間とか家族を起こすまでの10分間とかに― 気が向いた方を読む。そうこうしているうちにワケがわからなくなってきた。しかし読み進むにつれ、この二冊が互いにあながち無関係ではないような気もして来た。かといって関係あるともいえないんだけども。ばかですね。
ま、いちおうメモ。
荒俣宏監修の『知識人99人の死に方』と大仏次郎の『猫のいる日々』。
『知識人99人の死に方』の99人の中に、大仏次郎は入っていない。しかし、『猫のいる日々』の随筆の中にご自身の最期の時のことを何度か繰り返し書かれている。だから私にとって「知識人の死に方」100人目は大仏次郎ということになった。
『猫のいる日々』には、生前500匹の猫と暮らしたといわれる大仏次郎の、猫との生活を綴った随筆と短編/童話が収録されている。飼い猫のために疎開をあきらめる。猫好きの家と知って庭に猫を捨てていく人間に憤り、化け猫を生んだ日本文化の貧しさを嘆く。
といっても、猫のことだけ書いているのではない。美術、歌舞伎、旅、歴史、さまざまなことを綴っている。フランスのネコ家の墓所、歌舞伎座のネコ、アポリネールの詩。随筆を読むだけでもものすごい仕事量が推察される。執筆に疲れた真夜中、ペンを置いた大仏次郎は体の細い白猫となって仕事場にしていたホテルの通路を探検するのだ。ひとしきり散歩を楽しんだあと白猫は元の部屋に戻ってくる。
from大仏次郎の『猫のいる日々』 p.34
壁の鏡で見た私は、いつものように襟飾りで咽喉を締め、ペンをつかんで、やつれている。猫はと見ると、羽毛布団に柔らかく躯を沈めて、よく睡っているので、私もそこへ顔を寄せいつもするように優しい手ざわりを指の腹に味わいながら、目をつぶって、やがて窓の外の道路に早出の人の足音が聞こえる時間ではないかと、そっと考えて見る。
猫のいる日々
大仏 次郎
余談だが、実は、私は大仏次郎のどの著作も読んでいない。しかしこの度、その昔のNHKの大河ドラマ『赤穂浪士』の原作が大仏次郎だったということを知った。で、赤穂浪士についてちょっと検索してみたら、検索結果のひとつにカブキ物とか衆道などの当時の風潮についての言及があり、衆道を検索していたら巡り巡って何故か森茉莉に行き着いたりした。森茉莉というと、『知識人99人の死に方』にその最期が詳しく書いてあり、永井荷風の最期と共に物悲しい壮絶さで印象的だった。こじつけとはいえ私にとってこの二冊はあながち無関係ではなかったのである。
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Comments
二つの本の奇妙な関わり。
なかなか面白いですね。
姫達のおなかを触りながら読まれているのでしょうか?(笑)
Posted by: どら猫 | 2006.05.01 at 21:43
えへへ。。おなかどころか猫に埋もれて読んでいます。しあわせ。
このブログの記事は、ほとんどがムリヤリのこじつけですの。特にここ一週間ばかりは届くはずのDVDがなかなか来ないもので、ネタがありませんし。。
ま、人が来ないブログならではのおふざけですね。
いいような、悪いような。
Posted by: iris* | 2006.05.02 at 19:36